少し前の事だけど、朝いつものように電車に乗ると、吊革につかまるワタクシの前の
席に四人の親子が座っていた。父親、母親、そして小学生の双子の姉妹。どうも当日が
私立中学の受験だと思われ、親子の面接もあるのか両親もきちんとした格好でいらっ
しゃる。四人とも緊張気味な雰囲気で動きが硬い。位置的にどうしても彼らの言動が
耳目に入る。
・・・こんな感じ。
(きちんとしているようにしか見えないのに)姉妹の服の身だしなみを母親がチェック。
頻繁にちょこちょこといじる。収まり具合が気になるらしく、マフラーは特に入念に
触っている。父親は姉妹が持つ学習塾の専用カバンが心配なようで、
「きちんと閉めておきなさい」
とカバンの蓋を確かめながら指示。姉妹は(どう見ても普通に閉まっているのに・・・)
言われたとおりしっかりチェックします。電車がホームに入線しました。父親は、
「もうすぐ駅に着くよ。でも、まだ立たないで」
と姉妹に声をかけます。電車がほとんど止まり乗客は立ち上がっています。父親が
「まだ立たないで」
と続けます。姉妹は立ち上がる素振りを見せていましたが、その言葉を守って座り
続けます。電車が完全に止まりました。父親が、
「はい、いいよ」
と言って、ここで初めて二人は立ち上がります。母親は立った時に着衣の乱れが気に
なったのか姉妹の服、マフラーなどをまた甲斐甲斐しくあちこちいじります。姉妹は
何も言わずそれを受けるまま。四人は父親の「(降車に)気をつけて」という言葉と共に
電車を降りていきました。小学六年生ならもっとヒネてもいいはずなのに、親に従順で
優秀なお子さんなのでしょう。ただ・・・、
果たしてあの二人は自分の意思で受験するのだろうか?他人にはお節介にしか見えない
親の振る舞いに嫌がることもなく、言いなりに動く彼女たちにそれは感じられなかった。
元々、小学六年生ってそんなに人間が出来上がっているのかなぁ? 親としてはずっと
先を考え、立派な大人になる為にその学校を受験させるのかもしれないが、それに
どれほどの価値があるのだろう。価値観が違うので、そんな親御さんに「間違いだ!」
などと言うつもりもないが、自分が確立されて自身で決定できる状況がなければ本人
だって楽しくないだろうと思ってしまう。
姉妹のカバンには【絶対合格】という手書きの文字が大きく書かれていた。で、思い
出したのが岸部さんのメトロノーム。
自分でギターの道に進むと決めてから、メトロノームに【目指せスタジオミュージシャン】
てな文字を書き込んで練習したという事をライヴのMCで話された時があった。それ
だって岸部さんが中学生になってからの話。(小学六年生という)人間の確立も無い内に
(親の誘導を起点に)自分の進路を決めるってこと…ワタクシは絶対させないし、まず
できません。だいたい『将来立派な大人になる為にこの学校を受験したい』って言う
小学六年生よりも『立派な大人になりたい』とだけ言う小学六年生の方を信じるタイプ
だしなぁ。(笑)
カバンの【絶対合格】もメトロノームの【目指せスタジオミュージシャン】も書かれた
目的は同じ。自らを奮い立たせる為なんだけれども、それを書いた本人の"源(みな
もと)"のどちらに真実があるのだろう?
どっちも真実なのでしょう。でも、ワタクシの場合は間違いなく「メトロノーム」を
選択しますね。
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